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Hello,Goodbye くげよしゆき/作 彼女の、顔と名前を一致させるのにかかった時間は、ほんの一瞬。 「……何黙ってんのよ、二年ぶりの再会だってのに」 茶色のタンクトップに、薄汚れた作業ズボン。頭にはタオルまで巻いて長めの髪をまとめ上げている。土木作業員みたいな格好だったけど、日焼けはまるでしていなかった。 遊園地には似つかわしくない服装のような気がした。こんな格好でデートでもない。 彼女は、手に持ったラージサイズのドリンクを、ストローも使わずに口を付けている。挨拶もそこそこに僕の隣に腰を下ろした気安い仕草は相変わらずで、むしろ昔より板に付いていた。 「……何してんの、こんなとこで」 僕の問いかけを、彼女は鼻で笑い飛ばした。 「私、ここでバイトしてんですけど。着ぐるみの中に入ってんのよ」 「……着ぐるみって言っちゃいけないんじゃなかった?」 「そーなのよ。夢見せる商売は何かとツラいのよねー」 彼女は、背中をベンチに凭れさせてため息を吐き、僕の顔に目を向ける。 「……おっどろいたわよ。さっき仕事中に、あんたを見かけたときは」 彼女は視線を逸らしてポケットをまさぐると、煙草を取り出し口に銜えて火を点ける。ジッポライターの金属音が、軽快で無邪気な遊園地のテーマソングの中で、やけに鮮明に響いてくる。 「……煙草吸ってんだ?」 「控えてたんだけどね。息、切れるし」 彼女は口から、強く紫煙を吐き出した。まるで何かに八つ当たりするみたいだった。 「んで? あんたは何でここに、ボーッとして一人で座り込んでるわけ?」 僕は朝から、ずっとここにいる。何に乗って遊ぶでもなく、凝った施設に目を向けるでもなく、ただ行き交う人たちの顔ばかりを眺めていた。 「今日、約束してたんだよね」 「……あのさあ。お願いだから、最近出来た彼女と約束してた、って言ってくんない?」 「何で?」 「いや……三年前の話、もう一遍聞かされたりした日には、またチェーンスモーカーになりそうだもの、私」 「それが今年で、ここに来るのは三年目」 ため息が返ってくる。あの頃のことを、彼女は多分、誰よりもよくわかっている。三年前に、僕が相談した相手は彼女だった。 「まあ、そんな事じゃないかと思ったけど。……何でそんなことしてんの?」 「……ちゃんとしてないんだよね、別れ話」 「んなこと言ったって仕方ないでしょ。あの子、いなくなっちゃったんだから」 彼女は神経質に煙草を吸い続け、見る見るうちにその長さを減らしている。 三年前、僕が付き合っていた子は、ある晩、唐突に電話をかけてきた。別れ話にあるべき理由はくっついて来なかった。とにかく別れましょうの一点張り。 次の日には、彼女はいなくなっていた。 彼女の父親が事業で失敗して夜逃げをしたらしいって伝わってくるのに、そんなに時間はかからなかったと思う。 「……ひょっとして、ずっと彼女ナシ?」 「そういうこと」 彼女は困った顔で、煙草をジュースの紙パックに入れて消した。続けて、二本目。 「三年間、未練がましく約束してた遊園地に、約束してた予定日でやってきてるわけ?」 「……別れたがってるのは本心じゃないって、言ってくれたじゃんか」 「まあ、あれは……なんていうか。まさか次の日、いなくなるなんて思ってなかったし。つうか、だからって遊園地に毎年通えなんてアドバイスした覚えはないんだけど?」 「別に、ここで会えるなんて思ってないよ。何となく来てるだけ」 「命日に墓参りしてんじゃないんだからさ。いい加減、忘れっちゃいなさいよ」 彼女は、二本目も吸い終えてしまいそうだった。僕が知っている喫煙者の中でも、かなりのハイペース。いつもこんな勢いで、立て続けに吸っていたのなら、そりゃ息も切れるだろう。 「まあ……あんたら、お似合いだったもんね。赤い糸とか信じたくなるくらいピッタリ」 「……そうなのかな。いつもあの子、こっちがしたい事と反対の事ばっかり言ってたけど」 「そういう子なの、あの子は」 彼女は、二本目を紙コップに落とし込む。三本目を銜えて、また火を点けた。 「なんつーかなー……あのね。昔、うちで猫飼ってたんだけどさ」 唐突に彼女は、銜え煙草のままで呟いた。 「あの子、猫が好きで仕方ないくせに、たまに追っ払ったりしてたのよ。で、自分で追っ払っておいて凄い寂しそうな顔して、遠くに座ってる猫をじーっと見たりしてんの」 似たような話を、三年前も聞いた気がした。 あの頃は、こんなに具体的な解釈を彼女は聞かせてくれなかったけど。この三年で、彼女もそれなりの考え方が纏まってきたのかも知れない。 三年前に相談した時、聞かせてくれたのは、もっとシンプルな言葉だった。 ……だから、別れて欲しいっていった時のあの子は、本当は別れたくないの。あんたが別れたくないって言ってあげたら、それであの子は納得するの。 今にして思えば、僕が三年間続けてきたこの遊園地参りも、彼女のその言葉が理由なのかも知れなかった。それを恨みがましくは思っていない。彼女には何度も会って、あの子のことを相談した。別れ話の直後から、高校を卒業するまで。 彼女は、僕を凄く安心させてくれた。 あの子の別れ話の解釈だけじゃなくて、別のことでも。 「……こんなことなら、強引にあんたのこと押し倒しときゃ良かったわ」 いたずらっぽく笑った彼女の顔は、まだどこかぎこちない。 「私もあのときは、ちょっと押しが弱かったからねー」 「でも、嬉しかったよ。気を遣ってくれて」 「うわ、屈辱。……まあ、確かに十割の本気じゃなかったけど。その気六割、同情四割くらい」 彼女は、どうしようもなく落ち込んでいた僕に付き合おうと言ってくれた。僕は、それを辞退した。そうするのが礼儀だと思ったし、彼女だって本気じゃないとも思った。 「六割もその気だったら、付き合っちゃってもいいんだけどさ、こっちは」 「……残りの四割が不安だよね、こっちは」 「十割同士で付き合える気楽な恋愛、私もしてみたいっつの。少しは苦労しなさいよ」 「苦労してたよ、充分」 「どうだか。気の合わない振りしてるくせにベッタリのカップルなんてね、外から見てると石投げてやりたくなるわ」 「……今、付き合ってる人とかいないの?」 「いない。ちょっと前に別れた。……なんなら、もう一回あんたのこと口説いてもいいくらい」 銜え煙草を唇に貼り付かせて、彼女は遠くを見ている。火山の形をした施設が、炎を吹き上げているところだった。 「……私じゃその気になんないか」 「そんなことないよ。……友達感覚が、八割くらいだけど」 「お。二割に打率上がってんじゃん、私。三年前は見込みゼロだったのに。でも、三年も女日照りじゃ、なんか恋愛感情っつーより性欲よね、その二割」 「そういうんじゃないよ」 「いいのいいの。私みたいなタイプはね、呑みに行ってカラオケ行ってバカ騒ぎして、最後の仕上げに軽くセックスして朝起きたら、まったねー、って感じの付き合いで丁度いいのよ」 「……それじゃ男に都合良すぎないかな」 「別にこっちは構わないけど。……私の場合、あの子とまたちょっと違うから。あの子は、手に入れた幸せをぶん投げてみたくなるタイプだけど、私は期待してないフリして、一回手に入れたら手放すのが怖くて仕方ないタイプ。ヘタにマジメに付き合うなんて事になったら、相手の神経が持たなくなっちゃうのよ」 煙草。神経質なチェーンスモーカー。その理由が何なのか聞くほど、僕は鈍感じゃなかった。 それでも僕は今まで、彼女の、明るくて竹を割ったみたいな性格しか知らなかった。 「……付き合うんなら、ちゃんと付き合いたいけど」 「お、何よ、また打率上がってきた? 三年間続いたお参りも今年で最後?」 「どうだろ。……正直、図々しいとは思ってるけど」 「図々しいっていうより、あんた懐がやったら広いのよ。女に幾ら迷惑かけられても気にしないし、むしろその手間が嬉しいってタイプ。だから、あの子にはお似合いだったワケよね」 「よく、わかんないけど」 「私と付き合っても、迷惑そうな顔、一つもしないんだろうなって思うし。……そういうとこ、そそられるのよね、あんたって。この人なら平気って気になっちゃう」 彼女の煙草は、もう三本目を吸い終えていた。吸い殻を紙コップに落として、四本目を銜えて、火を点けるのを一瞬躊躇った。おずおずと、少し怯えたような表情を僕に向ける。 「……煙草吸う女って嫌い?」 「気にしないけど」 「私、こういうこと何回も聞くよ、付き合ったら。何回答えても、また同じ事聞かれるの。鬱陶しくない?」 「どうだろ。……別に、そのたびに答えればいいだけだし」 彼女は火の付いていない煙草を銜えたまま、ベンチの背もたれにのしかかり、反り返った。タンクトップ一枚の胸がぴんと張って、僕を挑発してるみたいにも見える。 「あー、まずい。またぶり返してきた。あんたみたいな人、ほんっと貴重」 「……でも、付き合うかどうかはわかんないよ」 「うるさい。私は今、かなり深刻に迷ってるんだから、黙ってて」 僕は言われた通りに黙っていた。彼女はベンチに反り返った変な体勢のまま、逆さになった頭に血を上らせて、何かうんうん言っている。 がばっ、と元に戻り、銜えていた煙草を外す。 「……もういい。やっぱ教えることに決めた。この遊園地ってさ、もう一つあるじゃない、隣に?」 「あるね。……あっちが本家だろ」 「そう。更に子供寄りのやつね。私さ、今日の午前中、あっちで仕事してたのよ。……で、向こうのエントランス付近で、見かけた」 僕は目を瞬いた。何を言われているのかわからなかった。 彼女はため息を吐いてから、念を押した。 「……自信ないけど、多分、あの子。あんたみたいに、ボーッとして座ってた」 まだ僕は混乱している。何で、あの子が、隣の遊園地に。 「……待ち合わせ、ここだったんだけど」 「知らないっつの。あの子の性格、また説明して貰いたいの?」 「でも……」 「万が一にでもあんたに会えたら、って時にも、こっちじゃなくて隣に行っちゃう厄介な子なの、あの子は」 「でも……ほんとに、本人?」 「そこだけわかんない。三年も会わないと感じ変わるし。ただ、遠目には何となく、そんな気がした。話しかけるほどの確信はなかったけど。……あんたは変わってなかったから、話しかけられたけどね」 黙っている僕に舌打ちをして、彼女は軽く小突いてくる。 「さっさと行って確認してきなさいよ」 「でも、本人じゃなかったら?」 「そん時はガックリして家に帰るなり、私に慰めてもらいに来るなり、好きにすりゃいいでしょ。少なくともその気になれば、今晩の相手くらいは確保できるから」 「それは、悪いよ」 「私はそれでいいって、言ってんの。……幸せにはなるべく近寄らない性格してるから、私は。そういう意味じゃ、あの子と微妙に似てんだけど」 もう一度小突かれた。僕は慌てて立ち上がり、躊躇い気味に、もう一度彼女を見る。 彼女が舌打ちをした。 「何、ボンヤリ突っ立ってんのよ。『さよなら』って言ってここから走っていきゃいいの、あんたは。……何かの間違いでここに帰ってきたら、私が初めて会ったような顔で『こんにちわ』って言ってあげるから」 彼女は僕を追っ払う仕草で、早く行けと指図して、新しい煙草に火を点ける。 僕は追っ払われた猫みたいに、彼女のことをずっと見つめていた。
あとがき 僕が好きなビートルズの曲「HELLO,GOODBYE」をだらだら聞きながら、ポカンと思いついた話です。ちょっとストーカーっぽい曲なんですが。僕はアレを「仲がいいくせに気の合わないフリしてるカップル」と解釈しています。ホントのとこ、どうなのかは知りません。知ってる方はご一報を。
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